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キリスト磔刑図を基盤とした3つの人物画の習作

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カテゴリ

art > 絵画 > フランシス・ベーコン

Level

取引価格目安

10,000,000円

所有者

テート・モダン

アイテム説明

概要

フランシス・ベーコンが1944年に描いた三連画であり、いわゆる“磔刑”という宗教的テーマを強烈な個性で再解釈した作品である。本作はオレンジ色の平面的な背景上に、首を異様に伸ばし歯をむき出しにする三体の生物を配置しており、鑑賞者に不安や戦慄をもたらす構図が大きな特徴とされている。これらの生物は古代ギリシア神話の「復讐の三女神」エリーニュスが元になっているとされ、頭部や身体が歪められたその姿には、戦時下における人間の絶望や悲鳴が色濃く刻まれている。

また、独自の「叫び」を主題にしたベーコンがこの表現に傾倒した背景には、映画『戦艦ポチョムキン』の“乳母が叫ぶシーン”や、ギリシア悲劇の世界観などがあったとも言われている。のちに、デビッド・リンチの映画『イレイザーヘッド』やH・R・ギーガーによる『エイリアン』の造形に影響を与えたとされ、ホラーやシュルレアリスティックな分野にも多大なインスピレーションを与えた作品として知られる。

本作は三連画(トリプティク)形式をとることで、西洋絵画史上の伝統的な祭壇画の構成を踏襲しつつも、キリストが本来いるはずの磔刑図をあえて省略し、人間のシルエットさえ超越した怪物を配置することで“人間性の絶望”を象徴的に撃ち出している点に斬新さがある。第二次世界大戦直後の混乱期に発表されたことも手伝って、ロンドンで初の展示が行われた際には多くの批評家や観客を驚愕させた。イギリス美術評論家のジョン・ラッセルが「本作以前のイギリス絵画と以後の絵画は混同できない」と語ったように、戦後のイギリス美術を一気に塗り替えるだけのインパクトを有していた作品といえる。

歴史的背景と希少性

この作品が描かれた1944年当時、ブリテン諸島はナチス・ドイツによる空襲下にあり、人々が厭世観や恐怖と常に隣り合わせという状況にあった。ベーコンはそうした時代脈動を油彩やパステルを駆使した荒々しい筆致で映し出し、「人間の姿に近く、かつ徹底的に歪曲された有機体」と自ら称する謎の生物を三身に描くことで、世界が崩壊に向かう焦燥を象徴したと考えられている。本作はのちに“ベーコンのデビュー作”と評されるほど画業の出発点となり、作者自身にとっても重要な位置づけを持つ。

さらに、本作はベーコン自身が若年期の作品をあまり世に残したがらなかったため、現存数自体が限られたうえに、三連画という構成の希少性がその価値をさらに高めている。現在はテート・モダンに収蔵されており、美術史上の重要作として国際的にも注目度が非常に高い作品である。

総評

「キリスト磔刑図を基盤とした3つの人物画の習作」は、第二次大戦後のイギリス美術のみならず世界の現代絵画の流れを大きく変えたエポックメイキングな作品である。宗教画の伝統的モチーフを大胆に解体し、その混沌とした時代精神をむき出しの“叫び”として再提示した点が歴史的にも評価されている。ベーコンによる残酷なまでの人体の歪曲は、今なお我々の心理を深く揺さぶり続け、観る者に芸術の衝撃や思想的な問いかけを投げかける作品として美術史上に君臨している。