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アザンデ人の世界

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book > 学問 > E.E.エヴァンズ=プリチャード

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不明

アイテム説明

アザンデ人とは何者か

1937年に初版が刊行された『アザンデ人の世界』は、イギリスの社会人類学者E.E.エヴァンズ=プリチャードによる、アフリカ中央部に居住するアザンデ人を対象とした民族誌である。アザンデ人はナイル川とコンゴ川の分水嶺にあたる丘陵地帯に散住し、主に焼畑農業などを生業としてきた。本書以前より一部の地域研究者の間ではその存在が知られていたが、この研究が公刊されると、世界の文化人類学界に強いインパクトを与えたことで有名である。

著者は、アザンデの人々が信じる「妖術(マング)」「託宣(ソロカ)」「呪術(ングア)」がどのように機能しているかを丁寧に記述し、それらが単なる「迷信的な思い込み」ではなく、社会を成立させる重要な論理体系であることを明らかにした。妖術は人に災いをもたらす邪悪な力を指し、託宣は毒薬を使った占いなどで物事の真偽をさぐり、呪術は願望成就や不運回避のための儀礼的な手段として機能する。本書によって、いわゆる「未開社会」の信仰と呼ばれていたものが、現地の人々の論理と世界観に基づく確立した思想体系であると理解されるようになったのである。

さらに著者は、アザンデ社会の人々が不幸や病、事故などに直面した際に「なぜ、それが自分に起こったのか?」という問いを強く発し、その答えを妖術によって見出そうとする思考回路を詳細に示している。たとえば、アザンデ人は小屋の倒壊を物理的原因からも把握できるが、同時に「そのタイミングで自分がそこにいたこと」を妖術の働きと結びつけて説明する。この二重の説明構造こそが、アザンデ人の世界観の核心であり、本書の読みどころとなっている。

また、本書はきわめて緻密なフィールドワークに基づいており、エヴァンズ=プリチャードが実施した現場調査の成果があますところなく練り込まれている。当時の人類学は、異なる社会の信仰体系を「非合理」として片づけがちであったが、著者の手法は、彼らの社会的規範や論理に即して現象を読み解くことを徹底し、その分析結果を体系立てて提示している。この姿勢はカール・ポパーなどの科学哲学者、あるいはピーター・ウィンチなどの人類学の理論家による議論の火付け役ともなり、人間がいかにして現象を理解するか、いかに意味づけるかという問題を学問的に検証する大きな糸口を提供した。

翻訳を手がけた向井元子の功績も見逃せない。専門用語が多く含まれるフィールドノートを緻密に読み解き、日本語として違和感のない形で提示した結果、日本の読者にとっても本書はきわめて読みやすい人類学古典となった。一方で全体のボリュームは600ページを超え、付録の図版も豊富に収録されるなど、本書そのものに非常に大部な構成特徴がある。現在は品切れ状態であることが多く、中古市場などでは高額で取引されるケースも少なくない。

知的な刺激に満ちたこの著作は、妖術・託宣・呪術だけでなく、生業形態や社会構造、さらに誰もがかかえる「偶然の不幸」に対する多様な解釈までも提示してくれる古典的名著である。社会人類学を学ぶ者のみならず、異文化理解や比較文化論に興味を持つ人々、さらには「なぜ人は不幸を妖術のせいにするのか」「なぜ彼らは非合理的と見なされがちな行為を諦めずに実践するのか」といった問いに関心のあるあらゆる読者にとって、示唆に富む内容となっている。

総評

『アザンデ人の世界』は、人間が自らの生に意味を与える方法を究明するための最良の手引きといえる。妖術や呪術をめぐる複雑な論理を通じて、私たちが普段何気なく受け入れている「常識」すらも相対化する作業を体験できるのだ。本書は、歴史的にも学問的にも高い価値をもち、現在入手困難なことから希少性が高まっている。現代の視点から再読しても決して古びることのない、新たな発見や思索のきっかけを書き手と読者の間につくりだす、文化人類学の古典にほかならない。