RelicDB

Mother and Child, Divided 『母と子、分断されて』

Mother and Child, Divided 『母と子、分断されて』 メイン画像 1

カテゴリ

art > 現代アート > ダミアン・ハースト

Level

取引価格目安

100,000,000円

所有者

不明

アイテム説明

『Mother and Child, Divided』とは

イギリスの現代アーティスト、ダミアン・ハーストが1993年に発表した代表的な作品である。縦に切断した母牛と子牛を、それぞれホルマリン漬けにしてガラスケースに封印し、観客がその間を通り抜けられるように配置するインスタレーション作品として知られている。ホルマリン漬けは、ハーストの特徴的な表現手法のひとつであり、『生者の心における死の物理的な不可能性』などの作品群でも取り入れられている。

本作の衝撃的なポイントは、何と言っても「切断された肉体を直接目にする」という体験にある。巨大なガラスケースの中には、それぞれ半身が分割された母牛と子牛が収められており、生命の内奥――すなわち内臓や骨格の断面――を間近で目撃することになる。従来の芸術作品ではタブー視されやすい「死」や「解剖」といった要素を真正面から扱い、同時に一種の神聖さ、神秘性を伴う「母と子」というテーマが重ねられていることが、大きな特徴である。

ハーストが本作を通じて問うのは、生命と死の近さ、そしてそれらが秘める不確かさである。母と子という本来的には密接不可分な存在が、あえて分断されることで、観る者は「生の延長線上にある死」と「死を目の当たりにしながらもかすかな生命の記憶を想起させる存在」を同時に感じ取ることとなる。さらに、母と子が別々のガラスケースに分けられている構図は、母と子の深い絆でさえも断ち切られうるという儚さを直視させる。こうした親子の分断は、観賞者に対して「生物学的な個体はどこからどこまでが自分なのか」「死別とは何か」「共にあったはずの存在を隔てる意味は何か」といった根源的疑問を突きつける。

また、この作品はヴェネツィア・ビエンナーレにも出品され、1995年にはターナー賞を受賞するなど、高い評価を得ている。ターナー賞は、イギリスを代表する若手アーティストに授与される名誉ある賞であり、『Mother and Child, Divided』はダミアン・ハーストの名を世界的に広める大きな契機となった。ホルマリン漬け作品の中でも突出した知名度を持ち、現代アートを語る際に避けては通れない存在であると言える。

このように、一見するとただ残酷でショッキングなだけの作品に見えてしまうが、その根底には「芸術とは何か」「生と死の境界とは何か」という普遍的なテーマが据えられている。ホルマリンという保存液によって“永遠に死を留め置く”行為は、死した動物を美術館やギャラリーで“生”に近いかたちにとどめるというアイロニカルな試みでもある。驚きや嫌悪感とともに、そこには確かに神秘的な美しさや、失われつつある生命への敬意が漂うのだ。

総評

『Mother and Child, Divided』は、ダミアン・ハーストの名前を世界に知らしめたエポックメイキングな作品の一つであり、同時に「死」を正面から扱う過激な表現で多くの論争を巻き起こしてきた。母牛と子牛という究極の親子関係を分断し、断面を可視化することで、生命の神秘や痛ましさ、そして尊厳を改めて問いかける。本作を前にした鑑賞者は、嫌悪と神聖さが奇妙に同居する空間を体感し、“生と死は実は隣り合っている”という皮肉な事実を突きつけられるのである。