『Who’s Afraid of the Dark?』暗所恐怖症は誰ですか?

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art > 現代アート > ダミアン・ハースト
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取引価格目安
200,000,000円
所有者
不明
アイテム説明
作品概要
ダミアン・ハーストが2002年に制作した「Who’s Afraid of the Dark?」は、黒一色で塗られたキャンバス上に樹脂でコーティングした無数のハエを用いた作品である。先に発表された《A Thousand Years》などで見せた「ハエ」への執着をさらに深化させる形で構想されたと言われている。飛来したハエが繁殖し、やがて死へ至る一連のプロセスを通して「生と死」の連環を示唆してきたハーストは、この作品において、積み重なるハエの質感と深い黒との対比で、暗闇の奥底にひそむ不安と好奇心とを強烈に喚起している。
同作はキャンバス上に大量のハエを配しながらも、それをただの“嫌悪”や“奇抜さ”にとどめない構成力が注目を集める。あえて視線をそらしたくなる不快感を組み込みながらも、その異様さを“美”へ近づけていく手法は、ハーストが長年探求してきた「生命と死の不可分の関係性」を突きつける実験的試みの一端である。同時に、暗黒の空間に散りばめられたハエの残骸がまるで星空を思わせるという指摘もあり、見る者が得体の知れない価値観の揺さぶりを経験するという点こそが、この作品の大きな魅力と言われている。
この作品はテート(Tate)に収蔵されており、2007年に作家本人が寄贈したことが知られている。当初は技術的な難しさや腐敗臭などの問題がつきまとうモチーフだったが、ハーストはそれを克服し、アクリル樹脂などを用いたコーティング方法を模索してきた。実際、過去の初期段階のハエ作品ではコレクターが臭いに耐えかねて手放した例もあり、本作はそうした試行錯誤を踏まえて完成している点でも特筆される。
ダミアン・ハーストは、ホルマリン漬けの動物彫刻や薬剤モチーフの絵画など、多様な手段で「死と生」の概念を浮き彫りにしてきた。とりわけホルマリンやハエなどの生々しい素材を扱う場合、単にグロテスクさに傾倒するのではなく、作品を通じた突き放した視点を提示することで、見る者自身が「死」にどう向き合うのかを問いかけている。「Who’s Afraid of the Dark?」もまた、平面上に無数のハエが暗い輝きとなって封じ込められ、作家が一貫して掲げる死生観の衝撃を視覚的に体感させる。
ダミアン・ハーストにとってハエは、人間の営みを象徴するメタファーとも位置づけられている。作家は過去に「科学や芸術がなければ、人間の人生はハエのように短く、そして残酷なものに思える」と語ったとも言われており、「Who’s Afraid of the Dark?」はそうした思索を熟成させた成果のひとつと見ることができるのである。
総評
近づいて観察すると、その表面を覆う無数の小さな死骸が視覚的衝撃を与え、同時に生命の儚さや暗闇への畏れを強く感じさせる。キャンバスを支配する闇の深さと、その中に埋もれるハエが織りなすコントラストは、「死の向こう側」に不可避の神秘を見出すハーストの美学を端的に示している。ホルマリン漬け作品と並び、見る者に生と死の二面性をつきつける重要作として高い評価を得ており、その存在感は今なお現代アート界を挑発し続けている作品である。