Hymn 讃美歌

カテゴリ
art > 現代アート > ダミアン・ハースト
Level
取引価格目安
不明
所有者
不明
アイテム説明
『Hymn』とは
ダミアン・ハーストが1999年頃に制作した大型のブロンズ彫刻作品である。元々はイギリスの玩具メーカーHumbrol社の解剖学玩具「Young Scientist Anatomy Set」を基に、体内構造が見えるデザインをそのまま巨大化し、高さ5.5メートルにもおよぶ圧倒的なスケールへと変貌させたものである。外見は子ども向けの解剖学フィギュアを拡大したポップな印象をもつ一方、そのリアルな内臓表現や筋肉組織、身体の断面が露わになっている点などが、見る者に強烈なインパクトを与える作品として知られている。
玩具メーカーの意匠をほぼ忠実に引用したため、本作はのちに著作権侵害として訴えられるトラブルにも発展した。だが、サイズの変更や一部の造形追加、そして何よりも「Hymn」という宗教的な題名を付与したことで、単なる模倣を超えたアート作品として成立している点が大きな特徴である。「Hymn」つまり「賛美歌」というタイトルは、元々宗教における崇敬の対象へ向けられる祈りや詩を意味する。解剖学玩具にすぎなかったフォルムを、まるで神像のような存在へと昇華させ、一種の崇高さや霊性を宿した巨大彫刻へ生まれ変わらせた点が、この作品の最大の個性である。
実際、作品の発表当初から注目度は極めて高く、サーチ・ギャラリー(ロンドン)でも展示されて話題となった。展示空間で5メートル以上の人型彫刻がそびえ立つ様は圧巻であり、ポップなおもちゃの色彩とブロンズ彫刻としての重厚感が同居することで、死生観や身体観までも揺さぶりかけるパワーをもつ。前面からは人体の筋肉構造が顕わになっており、その解剖的要素はハーストが得意とする「科学」「医療」といったモチーフとも共鳴していると言える。
また、この作品をきっかけに、アートが既存の工業製品や玩具、あるいは他者の意匠を引用した際、その創造性やオリジナリティはどこにあるのかという問題(盗用・サンプリング論争)もしばしば議論されるようになった。現代アートが批評的かつ挑発的な手法で観客に思考を促す格好の例として、現在でもバイイング力の強いコレクターを刺激し続けている。
ダミアン・ハーストは「死」や「医療」を扱う作品でしばしば物議を醸してきたが、『Hymn』はそれらに加えて「神への賛美」という宗教的要素も含まれているという点で、作家の創造力がより多面的に示された好例である。造形面では、想像上でしか見たことがない巨大人体模型が現実世界に出現したかのような迫力が魅力であり、鑑賞者は子どもの頃に抱いた解剖図鑑や科学玩具への好奇心や畏怖を、鮮烈に呼び起こされることだろう。
展示形態としては屋外や大規模ギャラリー空間で単体のオブジェとして置かれることが多い。カラフルな塗装でポップさが強調される一方、重量感あるブロンズ製ゆえの深い陰影が形成され、明るい場所・光量によっても印象は変わっていく。こうした変化は、ハーストにとって人間の身体が抱える神秘や潜在力、宗教や科学のあわいを浮き彫りにする意図とも合致している。
総評
『Hymn』は解剖学玩具という数百円程度の市販品を題材にしながらも、大きさと宗教的コンセプトを付与することで既存の文脈を大きく飛び越えた革新的な作品である。ダミアン・ハーストが一貫して取り組んでいる「医学・科学のモチーフ」「死の観念」「神秘・宗教性」などが凝縮されており、その存在感は世界の美術館やパブリックスペースでも際立つ。著作権問題をめぐる法廷闘争など論争や話題性にも事欠かず、現代美術の最前線における問題提起を象徴した一作だと言えよう。